隣を見たら外国人

異文化への興味は尽きず、今でも街で外国人を見かけるとつい目がいき「あ、外国人だ!」とつぶやいてしまう。でもふと隣をみると当たり前にいるわが外国人夫。ま、こんな夫婦関係でなくても、当たり前に近くに外国人がいる社会もいいかなと思っています。

メルカリ、の中の暗黙のルール

 

一気に処分したいものが出て、メルカリで売ってしまうことにしました。

こちらが値段を設定し、早い者勝ちで買ってもらう簡単なルール。

ネット上のフリマのようだけど、顔が見えないから値段交渉なども容易に断りやすい。

なかなかいい感じです。

 

あるときこんなコメントが来ました。

「コメントなしで購入してごめんなさい」

メルカリからは、そのコメントの主からの購入の意志は届いていました。

あ~売れた、売れたと梱包の準備も進めていました。

私にとっては何の不満、不足もありません。

そこではたと気が付きました。

購入する前にコメントしないといけないルールなのか。

 

「購入するつもりなのでよろしくお願いします」

こんなコメントが購入前に届いたときもありました。

何をお願いされてるの?このコメント要る?

不思議に思いながら「美品ですよ、ご検討ください」と返しました。

結局、その次の日にメリカリから購入の連絡が来ました。

 

いろいろ調べてみると

似たサイトどちらにも出品し、ほぼ同時にお買い上げとなる場合もあり

そうなったときにクレームを受けないように事前説明をしている人もいます。

ということは・・・購入前の事前コメントは買う側の危機管理のようなもの?

別サイトで売れてしまったかどうかの確認も兼ねている?

知らなかった。

 

この、なんだろう、危険回避に対する事前準備の周到さとでもいうんでしょうか。

したたかと言ってよいのか、気をまわしすぎて疲れない?と心配してよいのか

これは私の中の保留事項。

でもせっかくの、簡単で便利なメルカリを複雑にしないで~とは思います。

 

あちこちで存在するこういった暗黙のルールは

多数派に支持され、静かに統一されればされるほど恐ろしく感じます。

静かに少数派を排除することになるので。

 

*****

 

外国人すべてが日本に来て日本が大好きになるのではもちろんなく

細かすぎる暗黙のルールに嫌気がさして日本を見限って帰る人もいます。

それはその人の選択なのでそれでよいと思います。

でもなじもうと思う気持ちは十分あるのに

細かすぎてあきらめて帰っていく外国人の声を聞くと

ごめんなさい、わかりにくくてと謝りたい気持ちにもなります。

 

よりわかりやすく簡単にするというシステムとしてのハード面。

寛大に見守る、待つという人づきあいというソフト面。

その両方が変わって行かないと外国人は日本にはとどまらないでしょう。

あ、それでいいのかな。

 

国際結婚している私にはこれ以上コメントしにくいデリケートな問題です。